旅客機の窓から見える空は、地上から眺める景色とはまったく異なります。
雲や風は、私たちに美しい光景を見せてくれる一方で
航空機の運航を大きく左右する存在でもあります。
パイロットとして空と向き合う中で出会った不思議な景色と
気象現象についてご紹介します。
■雲の中に広がる世界
訓練生として初めてコックピットに同乗した頃
航空機が雲の中へ入っていった瞬間の高揚感を、今でも鮮明に覚えています。
雲は、暖められた空気が上昇し、水蒸気が細かな水滴や
氷の粒へ変化することで生まれます。
その過程では上昇気流が発生しており、航空機の揺れとも深く関わっています。
霧も同じ仕組みで発生しますが
地表に接しているかどうかによって呼び方が異なるだけです。
私たちは揺れの少ない航路を選ぶため、雲の種類や発達状況を常に確認しています。
機体には気象レーダーが搭載されていますが
避けるべき雲は見た目から判断できることもあります。
その代表が、夏によく見られる積乱雲です。
力強く立ち上がった雲の内部では激しい気流が発生しており
雷を伴うことも少なくありません。
そのため、できる限り接近しないよう飛行経路を調整します。
夜のフライトでは、遠くの積乱雲で光る稲妻を窓の外に見ることもあります。
■空に映る地球の影
皆さまは、空に地球の影が現れることをご存じでしょうか。
日の出や日の入りの時間帯、朝焼けや夕焼けとは反対側の空に
青から淡い桃色へと変化する美しいグラデーションが広がることがあります。
その下に見える濃い藍色の帯こそが、地球自身がつくり出す影です。
私が初めてその光景をコックピットから見たとき、その美しさに言葉を失いました。
そして、自分が本当に「地球という星」の上にいることを実感したのです。
東南アジア方面へのフライトでは、日本を夕方に出発する便なら東の空に
深夜に現地を出発する便なら西の空に見えることがあります。
反対側には、その影を生み出している夕日や朝日が輝いています。
■台風と航空機
秋になると台風情報を耳にする機会が増えます。
旅客機の運航に最も大きな影響を与えるのは、雨ではなく風です。
航空機には機種ごとに横風の制限が定められており
一定以上の横風が吹くと離着陸できません。
そのため、出発地や目的地の風が強い場合は欠航となることがあります。
また、飛行経路上に台風がある場合は、強い揺れや風を避けるために迂回します。
私も羽田―台北線の運航で、往復ともに大きく進路を変更した経験があります。
「上空を飛び越えられないのか」と思われるかもしれません。
しかし発達した台風は、旅客機の巡航高度を超える高さまで影響が及ぶため
通常は回避するのが最も安全です。
一方で、状況によっては安全を確認したうえで台風の中心付近を通過することもあります。私自身、羽田―伊丹線で二度経験しましたが
周囲では揺れていた空が、台風の目に入った瞬間に
静まり返ったことが印象に残っています。
■ジェット気流と空の揺れ
冬が近づくと、上空ではジェット気流が強まります。
時速300キロを超えることもあるこの風は
飛行時間や燃料消費に大きく影響します。
ジェット気流はまっすぐ吹いているわけではありません。
川の流れが場所によって速さを変え、渦を生むように
上空の風も蛇行しながら流れています。
そのため、気流が乱れる場所が生まれ、航空機の揺れにつながるのです。
「どうして揺れる前にアナウンスできるのですか」と尋ねられることがありますが
実は風そのものを直接見ることはできません。
パイロットは気象データや他機からの報告、雲の形状などを参考にしながら
経験と知識を総動員して揺れを予測しています。
ジェット気流の周辺には、刷毛で描いたような薄い巻雲が現れることがあります。
細長い筋状の雲や波打つように並ぶ雲が見えるときは
その近くにジェット気流が流れている可能性があります。
空はいつも同じように見えて、実は一瞬たりとも同じ姿をしていません。
雲や風を読みながら飛ぶたびに、その奥深さと美しさを改めて感じています。










